まほらの天秤 第30話 |
雲一つない澄み渡る青い空が目に眩しかった。 あの事故のせいでバイクは大破。 警察から戻っては来たが、当然の流れとしてそのままスクラップ工場へと消えていった。新しい乗り物を買わなければと考えていたら、使っていない車があるから提供しようと、シャルルが言ってきた。 真っ黒でスポーティーな車は、見ただけでわかるほどの高級品だったが、是非乗って欲しいと言われ、気がついたら所有権も切り替えられていた。 まだ新品の車にどうしようか一瞬迷いはしたが、ありがたく頂戴することにし、今日こうしてその車を運転していた。 天気は快晴。 絶好のドライブ日より、というやつだ。 さすが高級車。 座席は座り心地が良く、走行中の音も驚くほど静かで、助手席に座っている人は眠りを妨げられること無く、静かな寝息を立てていた。 その姿を横目に、思わずクスリと笑みをこぼす。 安心しきった顔で眠る姿は普段より幼く見える。 走るスピードを落とし、僕は隣で眠る人の髪へ手を伸ばした。 サラリと指通りのいい髪が流れ、夢の住人はピクリと反応をした。 「スザク、よこせ。お前のコード」 その言葉と共に差し出された白い手を取った。 ルルーシュは、それでいいと笑みを浮かべ、コードを発動させた。 それに呼応するように、スザクの額にあるコードも反応を示す。 ぐん、とコードが引っ張られるような感覚にスザクは眉を寄せた。 なるほど、本当にコードを2つ持つことは可能なのかもしれない。 でも。 「・・・スザク」 「なあに、ルルーシュ」 「なんだ、これは」 「握手?」 にっこり笑顔で言ってから、握った手をブンブンと上下に振った。 「握手って、お前な・・・。それと、抵抗するな!」 コードを奪えないだろうが!! 「え?抵抗しなきゃコード、取られちゃうじゃないか」 何言ってるんだよ。 スザクは頬を膨らませて文句を言った。 「取られちゃう、じゃないだろう!俺に寄越せって言っただろうが!」 ルルーシュは再びコードを奪おうと力を発動させる。 「なんでだよ?」 あげないよと、その力を拒否する。 すると、あっさりと引っ張る力は無力化する。 どうやら強引に奪うことは不可能らしい。 奪われる側の許可が会あって、初めて相手にその力が移るのだろう。 これなら、寝ている間に奪われる心配も無さそうだ。 「なんでって、お前は人に戻って、ユーフェミアと」 「一緒になって人並みの幸せを?君、僕を馬鹿にしてないか?」 ってか、どうしてユーフェミア限定なのさ。 「馬鹿になど」 「ふーん?まあいいけどね?僕はコードを手放すなんて一言か言ったかな?」 「お前な・・・」 「まあ、どうするか今すぐ決めることじゃないだろ?そんなことより、君は体を治すことを考えて。大体、なんでこんなに回復遅いんだよ」 ルルーシュが死んだあの日から既に3日。ようやくルルーシュの意識がもどった。傷の方は、致命傷がある程度回復した途端、その回復力が一気に衰え、じわじわと傷口が塞がっていった。どうしてここまで時間がかかるんだ、本当に大丈夫なのかと、心配になる遅さだった。火傷はともかく、撃たれた数は片手で足りる。内臓の損傷も、骨の損傷も少ないのだから、スザクであれば数時間で蘇生できる傷だった。 この治癒力で、この前のスザクと同じレベルの肉体損傷をしたら、起き上がるまで回復するのに何ヶ月もかかるかもしれない。 「おそらくは、ギアスと同じでコードに何かしらの不具合が起きているんだろう。C.C.もお前も、あのバカ親父もV.V.も、死んだ後すぐ動けたが、俺は無理だ」 「ああ、C.C.のギアスで、V.V.のコードを継承した不具合?」 未だにギアスが残っているのだ。 コードが普通の状態ではない可能性は確かに高い。 「あるいは、正当な方法で継承されなかったからかもしれない」 「V.V.のってことはシャルル皇帝のだよね。ってことはあの時受け取ったのか」 神根島の遺跡で。 「C.C.はあのバカ親父が押し付けたと言っていたが、俺は二人が消え去り、あの空間に残ったコードが、たまたまそこに居合わせた俺に移動したと考えている」 「ふーん・・・C.C.、やっぱり知ってたんだ、君のこと」 ほんといい性格してるよね、あの魔女。 スザクは不愉快そうに眉根を寄せた。 「・・・まあ、な」 たしかにあの魔女はいい性格をしているな。 たまたまかかってきた電話に出たら、それがC.C.で「ようやくお目覚めか、ずいぶんと寝坊なんだなルルーシュ」と、からかうように笑いながら言ってきた。どうやらC.C.は、あの黄昏の間でのやりとりで、俺がV.V.のコードを継承した可能性があるのではと疑っていたらしい。可能性の話で確定ではない、それにルルーシュの決心を揺らがせることにもなりかねないため、何も話さなかったという。C.C.はルルーシュの遺体の様子を見ていたが、蘇生する気配がないまま埋められた。それからも定期的にこうしてジェレミアに連絡を入れていたが、やはり蘇生していない。そして10年という月日が流れた のだという。が、それをスザクに教える必要はない。 スザクの見た目から考えて、あの頃すでにC.C.はコードを失い、スザクはコードを継承していた。あの魔女が直接会いにこなかったのは年齢を重ねた姿を見せないため、だとしても・・・スザクがコードを受け継いだことをなぜ教えなかった!あのピザ女が! 「まあいいや、時間はたっぷりあるから、話は後々ね。君は水分とって寝てなよ。シャルルさんとは僕が話をしておくからさ」 そう言ってスザクはグラスに水を注ぎ、ルルーシュに手渡した。 その後、ルルーシュをシャルルの別邸で静養させつつ、鍛錬のため外出する風を装いシャルルと連絡を取り合い、今後のことを打ち合わせた。 ルルーシュを殺害するという暴挙に出た彼女たちの記憶に関しては、そのまま残したほうがいいという結論に至り、シャルルは彼女たちにルルーシュのことを説明した。 名はアラン・スペイサー。 免許証の類と、シャルルが幼かった頃の写真・・・父親として一緒にルルーシュが写っている写真を彼らに見せたという。 幼いシャルルと、今と変わらない姿のルルーシュ。 目を見開き驚いている面々をじろりと睨みながら、シャルルは口を開いた。 穏やかな気質のシャルルからは想像できないほど、低く恐ろしい声だったという。 「お前たちが悪逆皇帝と呼んだ方は、難病を患い、18歳で成長が止まってしまっただけの、普通の人間だ。幼くして天涯孤独となった私を引き取り、育ててくれた私の育ての親でもある。見た目は若いが、年齢は既に70を超えており、私が老後の世話をさせて欲しいと別宅を用意し、住んでもらっていたのだ」 当然、血のつながりはない。 赤の他人だという言葉に、一同はさっと顔色を変えた。 病名は甲状腺ホルモン欠乏症または甲状腺機能低下症といい、医師であるダールトンは、成長が止まるその病の存在を肯定した。 実際に赤ん坊のまま何十年と生きている者もいる。 適切な治療を行えばその後も成長は可能だが、若い姿のほうが何かと都合がいいと、そのまま成長を止めて過ごしていた。という設定だ。 自分の容姿が異常だと自覚している父親は、孫達に会うことはせず、シャルルの話と持ってくる写真を楽しみにしていたという。 「お前たちは、別宅に居た私の父を見て、黒髪に紫の瞳というだけで悪逆皇帝の生まれ変わりだと判断し、あのような暴挙に出たというわけだな?私が生まれてきたルルーシュを隠していたのだと思い込んで。・・・赤の他人である私を引取り男手一つで育て上げてくれた、私の恩人に対して、何をしたのか今一度考えてみよ」 今まで見たことも聞いたこともないほど冷たい声音と眼差しで、シャルルはそこにいた面々を見下ろした。その姿は、かつてのシャルル皇帝のような威圧感と威厳を持っていて、誰一人口を開くことが出来なかったという。 「自分たちが手を下したのは悪魔ではなく、病を抱えた普通の人間だと認識させたわけですね」 僕はシャルルの話を聞いてなるほど、と頷いた。 「幸い、父の古い免許証の類を私が持っていましたから、皆信じたようです」 紅茶を傾けながらシャルルはそういった。 ナナリーは、ルルーシュの遺品をきっちりと保管していた。 恐らくシャルルも愛する父の私物を大切に保管していたのだろう。 ・・・ほんと怖いよ、君の愛情は。 スザクは半ば呆れながらもそう思った。 その愛情を注がれたものは、ルルーシュに強い執着を抱く。 そのおかげでスムーズに行ったから文句は言えないが。 そんな愛するルルーシュが森であんな扱いを受けていた事をどうして知らなかったのか疑問があったが「不老不死であることも含めて全てを忘れ、自然の中でしばらく休みたい」とルルーシュが言い、シャルルは森の家に来ないよう厳命されていたらしい。あの場所に移り住んだ時には家財道具も用意したし、沢山の本もパソコンも置かれていたが、全てコーネリア達に処分されていた事もわかった。風呂は温泉、水は地下水、薪ストーブまで用意していた時点で怪しむべきだったとシャルルは苦虫を噛み潰したような顔をした。ルルーシュは全て想定していたため、電気も水道も止められても大丈夫な場所を探し、そこに家を建てたのだ。 月に1度食料を運ぶ役目の老人が、まさかコーネリア達に懐柔されているとは知らなかったため、ルルーシュが元気にしているという言葉を真に受けてしまっていたとか。当然だが、この老人は即日解雇された。 「彼らが自分の行った過ちと向き合い、祖父を殺害した罪を背負うならそれでいい。ですが、この後もブリタニアの奇跡と称し、愚かな過ちを繰り返すようならば・・・」 すっと目を細め、スザクは言った。 遺体はスザクが連れ去った。だから殺人を立証する事は出来ず、彼らが法で裁かれることもない。だが、殺人は、殺人。一度目は火で焼き、大やけどを負わせ、再び焼き殺すため家に火を放った。そして、最後は拳銃を用いて殺害した。その事実は消えない。悪逆皇帝ではなく、血の繋がりはないが自分たちの祖父を殺したのだ。 そのことを忘れ、戦女神だ、慈愛の姫だと再び名乗るようならば。 「英雄ゼロに討たれる覚悟を、ということですか」 その返答に、苦笑することで答えた。 やはりシャルルはゼロの正体が、ルルーシュとスザクだと気がついていた。 歴史学者になった切っ掛けもルルーシュで、不老不死なら歴史の何処かにその姿があるかもしれない、ルルーシュの過去を知ることが出来るかもしれないという好奇心から過去の資料を調べ始めたのだという。そして今の歴史書には載っていない悪逆皇帝の幼いころの肖像画・・・クロヴィスが描いたとされる、マリアンヌ、ルルーシュ、ナナリーの肖像画から、ルルーシュが悪逆皇帝なのではと考え始めたのだとか。 あの甘ったるいほどの愛情を注ぎ込むルルーシュが悪逆皇帝。しつけに厳しく口うるさいが、子煩悩でシャルルの幸せを第一に考える、あの親馬鹿が悪逆皇帝。人々を虫けらのごとく殺害し笑ったという、悪の象徴。 あり得ない、信じられないという思いから、歴史を疑い始め、そしてこれらの結論に至ったのだという。 「私は今回得た真実を元に、正しい歴史書の作成にかかるつもりです」 静かな決意を宿し、シャルルはそう告げた。 その言葉に、すざくは笑顔で頷く。 「期待しています。ですがルルーシュの願いは、あくまでも悪逆皇帝として世界を支配したという・・・」 シャルルはそれを理解した上で顔に笑みを乗せた。 「理解っております。父が自ら背負った罪はそのままに、それ以外の歴史を正しい物へ変えるだけです」 ダモクレスを、フレイヤを手にし、世界征服を果たしたことを変えるつもりはない。 だが、戦争を始めたのは誰か、人を、国をナンバーで読んだ愚かな皇帝は誰か。弱肉強食の国是に従い、他国に進行したのは誰か、演習の名目でシンジュク殲滅を命じたのは誰か、行政特区で虐殺を命じたのは誰か・・・。 「歴史の真実を明らかにする事。残りの人生を、それに捧げるつもりでいます」 その言葉に、スザクは笑顔で頷いた。 あの時代のユーフェミア達の名が汚れるが、自分たちとは関係のない前世の功績で天狗となっている彼らには真実を見せる必要があるのだろう。 恐らく、あの偽りの歴史書はルルーシュの手が加わったもの。 ユーフェミア達の汚名を雪ぐ目的だったとしても、あれはやり過ぎだ。 愛するシャルルの手で書かれる新たな歴史書が、正しい歴史書として広まるように今後手をつくさせよう。 「では、そろそろ行きますね。ルルーシュの薬が切れても面倒ですし・・・あなたに会えてよかった」 スザクはソファーから腰を上げ、別れを告げた。 「私もです、枢木卿。・・・寂しくなりますが・・・父を・・・どうか、よろしくお願い致します」 元を正せば、親離れ出来なかったことが原因です。 父はあの日死にました。だから、ここでお別れです。 シャルルは寂しそうな、悲しそうな笑顔を浮かべて、深々と頭を下げた。 指ざわりのいい黒髪を梳ながら、さて、どうしようかと考える。 紅茶に盛った睡眠薬はそろそろ効果を失うだろう。 怒った彼を宥めながら、宿を探し腰を落ち着けて、話をするところから始めようか。 シャルルの話では、外界の情報を遮断し、息を殺すように生きていたという。 ならば、君が創りだした優しい世界を二人で見て歩くのもいい。 僕には二つの道が示されていた。 コードを捨て、ユーフェミアのもとで人並みの幸せを得、年を取り、死を迎える道。 そして、コードを持ったまま、永遠の時を二人で生きていく道。 どちらを選ぶべきか、あの時ルルーシュの差し出したてを見て僕は迷った。 死という名の甘美な果実。 かつて守りきれなかった主。 かつての同僚であり友人達。 だが、そちらを選ぶということは、ルルーシュと二度と会えないということ。 彼を一人残して逝くということ。 目の前で笑みを浮かべる存在を、再び失うということ。 どちらを失いたくないのか。 どちらと共に生きたいのか 自分の幸福は、どちらにあるのか。 自分の願いは、思いはどちらにあるのか。 それぞれを心のなかの天秤にのせていく。 天秤が揺れ、傾いたのは一瞬だった。 深く眠るその横顔に視線を向けた後、髪から手を離した。 そして、車のアクセルを踏み込む。 車は音もなく加速していった。 「まずは日本に行こうかな。もう100年は行ってないや。・・・ルルーシュ、悪いけど、君に選択権はないからね?君は僕と一緒に、この世界で生きていくんだ」 永遠に。 地平線の向こうまで真っ直ぐに伸びる道を軽快に走りがら、スザクはこの数百年の間に忘れていた、心の底からの穏やかな笑みを浮かべ、これから二人で歩んでいく明日という日を思い描いていた。 *************** なんとなく補足その1。 ルルーシュは墓から這い出すのに10年かかったことで、暗所恐怖症&閉所恐怖症になってます。記憶をなくして森に居た本当の理由はそれで、家電や家具は全部コーネリア達に奪われる=暗くなる=無理という流れで、記憶消してトラウマも無かったことにしてます。不便というのはスザク用の嘘。 ・・・ということで、この日の夜に嘘がバレます。 なんとなく補足その2。 以前書いた 「そう、不老不死という地獄の中にあっても、幸福に生きる道がある。それを知っていても、私はその道よりも死の果実を選んでしまった」 というのは、不老不死のままルルーシュと共に生きる道はあった、と言う話です。 でも、ルルーシュとは二度と会えなくなっても、死という甘美な果実を手にした。 だから生存確認の電話の後、C.C.はルルーシュとの連絡を絶ってます。 スザクに対して 「これから続く永劫の地獄の中で、もしお前に、この世界の全てを許せる時が訪れたのなら、お前の地獄は終わりを迎えるかもしれない」 と言ったぐらいだから、ルルーシュに対して 「これから続く永劫の地獄の中で、もしお前が人に絶望すること無く、世界を愛し続けることが出来たなら、お前の地獄は終わりを迎えるかもしれない」 ぐらいは言っているかも。 C.C.はルルーシュが歴史をいじるのは想定してたので、スザクがルルーシュを許して、悪逆皇帝の偽りの歴史を終わらせようと動いたら、ルルーシュは間違いなくそれに抵抗するから、そのうち二人は会えるだろう程度には考えてました。ただ、スザクが全く動かなかったのは想定外。 という補足(こじつけ)を途中から考えてました。 ※元々この話にルルーシュ出す予定なかったので(転生してても、生まれてすぐ・・・なパターンだったんじゃないかな)最初のC.C.のセリフに元々意味なんてありません。 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。 |